
4勝0敗。でも、数字ほど一方的なシリーズではなかった
SMBC日本シリーズ2026は、福岡ソフトバンクホークスの4連勝で終わった。2年連続13度目の日本一。数字だけ見れば完勝である。
でも、実際に観ていた人なら分かるはずだ。これは「一方的なシリーズ」ではなかった。
第1戦は延長11回で3-1。第2戦は延長10回で4-3。第3戦は延長10回サヨナラで2-1。開幕から3試合連続の延長戦は、日本シリーズ史上初めてのことだったという。3試合の点差は、合計でわずか4点。DeNAは3試合とも、9回まで同点か、それに近い形で持ち込んでいた。
そして第4戦。初回にDeNA・佐野恵太の先制2ランで「今日こそは」と思わせておいて、4回にホークスが逆転し、4-2。終わってみれば3試合連続の逆転勝ちだった。
4勝0敗と大接戦。この矛盾こそが、このシリーズの面白さだったと思う。
松本裕樹は打たれた。でも、最後は締めた
このシリーズを象徴する投手の一人が、松本裕樹だと思う。
第1戦では、DeNA・牧秀悟に同点ホームランを打たれた。第2戦では、2点リードの8回に筒香嘉智に逆転3ランを浴びた。マウンドを降りたあと、ベンチでうつむく姿が映った。セットアッパーが一番見せたくない姿だったはずだ。

それでも小久保監督は、松本を使い続けた。第4戦、日本一が決まる試合の終盤にもマウンドに送り、最後は松本を含む救援陣が無失点でつないで締めた(※要確認: 第4戦の松本の登板イニング)。
打たれた投手を、決める試合でまた使う。結果論ではなく、この起用の「物語」がシリーズを厚くしたと思う。山川穂高が第2戦の同点弾のあと、松本への思いを語ったという報道もあった。チームが一人の失敗を背負い直す姿は、勝敗以上に残るものがある。
古巣に打った山本祐大。「思い万感」だったろう
第4戦の主役は、山本祐大だった。
DeNAから移籍してきた捕手が、古巣を相手に、4回2死一、二塁から同点の2点三塁打。しかも前の打者・栗原陵矢が申告敬遠で歩かされた直後だった。「自分で決めろと言われているようなもの」の場面で打った。6回には犠牲フライで3打点目。シリーズの優秀選手にも選ばれた。
試合後、山本は「気持ちが熱くなるものがありました」と語ったという。当たり前だと思う。古巣のファンの前で、古巣の投手から、日本一を決める一打を打つ。嬉しさだけではなかったはずだ。複雑さも、申し訳なさに近いものも、全部あったのではないか。「思い万感」という言葉が、これほど似合う場面もそうない。
周東佑京は、やっぱり足で稼いだ
派手な一打ではないけれど、周東佑京の足はシリーズを通して効いていた。
第4戦の4回、1死一塁から二盗を決めた。際どいタイミングで、DeNA・相川監督のリクエストでも判定は覆らなかった。その直後の逆転劇につながる、流れを変える盗塁だった。守備でもフェンス際の打球に追いつく場面があり、解説に入っていた巨人・大城卓三が「驚異的な足」と評していたのが印象に残っている。
4年連続の盗塁王は伊達ではない。足は、相手に「走られるかもしれない」という圧力をかけ続ける。数字に残る盗塁以上に、その存在自体がDeNAバッテリーを消耗させていたと思う。
そしてこの走塁は、周東ひとりの才能の話ではない気がしている。王貞治会長は、「1つでも先の塁をとりにいく」という考えを大事にしてきた方だと聞いたことがある。アウトになることを恐れて安全な塁で止まるのではなく、行けると判断したら、迷わず次の塁を狙う。その一つ先の塁への執念こそが、相手に圧力をかけ、もぎ取れる1点をもぎ取っていく野球だという考え方である。
周東の走塁には、まさにそれが表れていると思う。盗塁だけではない。塁に出れば常に次の塁をうかがい、際どい場面でも躊躇しない。第4戦のあの二盗も、失敗すれば流れがDeNAに戻りかねない場面だった。それでも走った。そして、その「1つ先の塁」が、直後の逆転劇の呼び水になった。
接戦ばかりのシリーズだったからこそ、この差は大きかった。1点に泣く試合が続く中で、足で1つ先の塁をとりにいく野球は、ホークスに染みついた文化なのだろう。王会長の野球観が、周東佑京という選手の足を通して、今のホークスにも受け継がれている。そんなふうに見えたシリーズだった。
当たった小久保采配
小久保裕紀監督の起用も、ことごとく当たった。
第2戦、代打・山川穂高の同点ソロ。代走で出ていた川村友斗の決勝ソロ。第3戦、9回2死から代走・イヒネを送り、牧原大成の浅い右前打で生還させた同点劇。そして第4戦、打たれた松本裕樹を使い続ける信頼。
もちろん、結果が出たから「当たった」と言える。外れていれば批判された起用もあったはずだ。でも、短期決戦で「選手を信じて送り出し、選手が応える」が4試合続いたのは、単なる運ではないと思う。就任3年目、本拠地で初めて宙に舞った監督の姿は、このシリーズの締めくくりにふさわしかった。
負けたDeNAにも、華があった
DeNAは1勝もできなかった。でも、観ていて退屈なチームではまったくなかった。
筒香嘉智の第2戦の逆転3ランは、このシリーズ一番の「華」だったと思う。牧秀悟の第1戦の同点弾、佐野恵太の第4戦の先制2ラン。決めるべき選手が、決めるべき場面で一発を打つ。セ・リーグ3位から勝ち上がってきたチームの意地は、確かにそこにあった。
9回まで持ち込んで、延長で競り負ける。それが3試合続いたのは、弱かったからではなく、あと一歩のところにいたからだ。DeNAファンには悔しいシリーズだったろうが、「いいチームだった」という評価は、ホークスファンの側からも素直に出てくるはずだ。
ここからはメディアの話。TBSの中継に感じた違和感
さて、ここからが本題の半分である。メディアの報じ方への疑問だ。
今回の日本シリーズ、地上波は第1〜3戦と第6・7戦(予定)がTBS系、第4戦が日本テレビだった。筆者は主にTBSの中継で観ていたのだが、正直、DeNA寄りの空気を感じる場面が少なくなかった。
断っておくと、TBSとベイスターズの関係は、単なる「昔の親会社」では終わっていない。TBS(現・TBSホールディングス)は2002年から2011年まで横浜ベイスターズの親会社だったが、2011年の球団売却の際、保有株の66.9%をDeNAに譲った一方で、すべてを手放したわけではなく、現在も球団株式の2.31%(3万株)を保有し続けている。日経新聞によれば、その目的の一つが主催試合の放映権の維持だったという。
つまりTBSは今も、わずかとはいえDeNAベイスターズの「株主」であり、しかもDeNA主催試合の中継制作を担い続ける、最もベイスターズに近い放送局である。その局が日本シリーズの中継で、DeNA寄りの空気を帯びて見えたのだとしたら、それは偶然の演出の癖では済まないのではないか。中立であるべき日本シリーズ中継として、どうなのだろうか。
もちろん、これは筆者の主観である。DeNAの「下克上」物語の方が、ホークスの「王者の連覇」よりドラマとして描きやすい、という事情もあったかもしれない。でも、ホークス側の視点で観ていると、「あれ、今のはDeNAのプレーだけ褒めるの?」と感じる瞬間が積み重なったのは事実だ。
そして「大谷・ドジャース」の話になる
メディアへの違和感は、日本シリーズの中継だけの話ではない。
日本シリーズを観ようとテレビのチャンネルを変えたら、パートナーに嫌がられたことがあった。そのパートナーは、いつも大谷翔平とドジャースの試合を観ている人である。つまり、日本シリーズより大谷・ドジャース、という感覚が、家庭の中にまで普通に存在しているのだ。大谷はよくて日本シリーズは悪いのか、と。
誰が悪いのか。大谷翔平は悪くない。彼は間違いなく歴史的な選手で、観たいと思うのは自然だ。ドジャースも悪くない。
悪いのは――というより、歪んでいるのは、日本のメディアの報じ方だと思う。朝の情報番組も、昼のワイドショーも、夜のスポーツニュースも、野球といえば大谷、大谷、大谷。彼の活躍は素晴らしい。でも、その陰で、日本のプロ野球で起きている面白いことが、どれだけ「なかったこと」にされているか。
この日本シリーズである。史上初の開幕3試合連続延長、古巣への一打、打たれたセットアッパーの再生、伏兵の決勝弾。どれも、大谷の1本のホームランに負けないくらい面白い物語だった。それでもテレビの扱いは、大谷の日常のニュース以下だったのではないか。ドジャースのいないワールドシリーズでも大谷を付け加えて報じたり。
メディアが「数字が取れるもの」だけを繰り返し流し続けた結果、視聴者の側も「野球=大谷」という感覚に染まっていく。パートナーの反応は、その完成形の一つに見えた。日本は、大谷・ドジャースを報じるメディアに、静かに毒されているのではないか。
以前、このブログで「大谷ハラスメントはなぜ起きるのか」という記事を書いた。あのとき考えた問題は、今回の日本シリーズで、また別の形で顔を出した気がしている。
おわりに
日本シリーズ2026は、面白かった。4勝0敗という結果に反して、内容は最後まで競っていたし、語りたくなる出来事が毎試合あった。
だからこそ、もどかしい。
来年の日本シリーズは、どこのカードになるか分からない。でも、そのときこそ、テレビの前で「日本の野球も面白い」と素直に言える空気であってほしい。
PR
|
|



