「寝ていない」アピールが映し出す、高市政権の終わりの始まり

7月20日深夜、高市早苗首相は自身のX(旧Twitter)にこう投稿した。

>>>どうせ削除すると思うので文字をそのまま貼っておきます>>>

7月に入ってからの土日は、公邸で『骨太方針』『日本成長戦略』『地域未来戦略』に関する分厚い資料を早朝から深夜まで読み続け、2週目は与党審査で加筆修正された部分を熟読検討するなど、高市内閣が初めて骨太方針や概算要求段階から関われる令和9年度予算や本格的に取り組める中長期の成長戦略に向けて、半端ない情熱を注いでいました。 併せて、先週末までは、週明けの国会答弁に備えた資料読みやペン入れなどもあり、書類の山と格闘して過ごしていました。 この土日も、閣議決定を目前に控えた3本の文書の最終案を再度読み込んだり、数千通も溜まってしまったメール処理で今日(月)の明け方まで仕事に追われていましたが、今日の海の日の午後は、私的に使える貴重な時間になりました。 平日は、公邸に戻ってから、風呂掃除、入浴、夕食、夕食後の洗い物、洗濯、簡単な掃除まででプライベートな時間は精一杯で、後の深夜時間帯は明け方まで官邸から持ち帰りの資料読みや国会答弁資料読みに追われます。 今日のお休みは本当に有難く、久々に5時間も睡眠を取れた上(総理就任以来、0時間〜3時間睡眠が常態化)、昼からは、手付かずだった大量の洗濯後のハンカチやインナーのアイロンかけと、お裁縫(スカートの裾のほつれのまつり縫いやジャケットの緩んだボタンの補強)を一気に処理。 私は特にアイロンかけが下手で時間がかかるので、つい先延ばしにしていた結果、スーツに合わせるインナーが殆ど無い状況に。 これで会期末までのハンカチとインナーを確保でき、明日から又、頑張れます!

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就任以来、睡眠時間は0〜3時間が常態化している。週末も「骨太の方針」をはじめとする分厚い政策資料を早朝から深夜まで読み込み、久々に5時間眠れた日には、たまった洗濯物のハンカチやインナーにアイロンをかけ、裁縫までこなした――。

多忙さと生真面目さを伝えたかったのか。しかし、この投稿がネット上で呼び起こしたのは称賛より疑問の声だった。「命懸けで頑張っている」という擁護がある一方、「国会に出たくない言い訳ではないか」という冷ややかな反応も広がった。当然だろう。政治とは過程ではなく結果で評価されるものだ。首相自らが「寝ていない」「疲れている」と発信すること自体、成果を出せていない状況への言い訳に聞こえてしまう。有権者が見たいのは睡眠時間の少なさではなく、政策の中身と実行力である。

あのー、多分、お金をもらって支援をしている人たちも「この投稿までは支援できない」と思ったんじゃないだろうか、擁護のリプが少ない。

幼稚過ぎる、元立法調査官!

「枝野寝ろ」を思い出させた投稿

この投稿に、当の本人からも反応があった。2011年の東日本大震災当時、官房長官として不眠不休で対応にあたった枝野幸男氏である。連日連夜、1時間に何度も記者会見を開き、憔悴していく表情がカメラ越しに伝わったことで、Twitter上には「#枝野寝ろ」というハッシュタグが生まれた。国民が心配するほどの激務ぶりだったが、枝野氏自身は当時、疲れを感じる余裕すらなかったと後に振り返っている。つまり彼は、自らの「頑張り」を発信して回ったわけではない。国民の側が見かねて声をあげたのだ。

その枝野氏が今回、高市首相の投稿に対し「こうした判断力で外交などにあたられて大丈夫なのか、心配になります」と反応したのは象徴的だ。震災対応と平時の政権運営を単純に比較することはできない。それでも、自ら「寝ていない」と発信する首相と、国民に心配されるほど働きながらそれを語らなかった官房長官とでは、見えている景色があまりに違う。少なくとも、まだ枝野氏の方が潔かったと感じる人は少なくないはずだ。

「#枝野寝ろ」は過去にこんな記事をちゃーんと書いてました。

「鉄の女」ならぬ「アイロンの女」

高市首相はかねて、英国のマーガレット・サッチャー元首相を理想のリーダー像として掲げてきた。「鉄の女」の名で知られ、強い信念とぶれない実行力で国家を導いたサッチャーに、自らを重ね合わせてきたのだろう。だが皮肉なことに、今回の投稿で語られたのは政策の中身ではなく、ハンカチやインナーにアイロンをかけたという家事のエピソードだった。「鉄の女」に憧れながら、ネット上では「アイロンの女」と揶揄される――この落差こそが、いまの高市政権の実態を物語っているように見える。

  • サッチャー:Iron Lady 鉄の女
  • 高市早苗:Iron Lady アイロン(家事)の女

アルファベットにすれば同じなんですね。

政治家に休息が必要なのは当然だし、家事に追われる日常を隠さず語ること自体は否定しない。問題は、それを「頑張っている証拠」として発信してしまう感覚だ。結果を出せていないときほど、過程の苦労を語りたくなるものだが、有権者はそこに強さではなく焦りを見てしまう。

支持率の陰りが伝えられるなか、こうした投稿ひとつで賛否が割れ、しかもその賛否の多くが「言い訳」という受け止め方に傾いている状況は、政権の体力が既に尽きかけていることを示しているのではないか。政治は結果がすべてであり、睡眠時間の短さは実績の代わりにはならない。高市政権の終わりは、思っているより近いところまで来ている。

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