電磁波で死んでしまう前に

MacとかiPhoneとか、デジタルガジェットなどが好きです。雑談もしてます。

友人が訴えた、脳が疲れる病気って

友人と久しぶりに飲みましたよ。

体調を悪くしてると聞いてたので、飛行機乗って会いに行きました。

 

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体調が悪い、というのはいわゆるメンタルヘルス不全の類です。

うつとか自律神経失調症とか、そんな感じ。はっきりとした病名は聞いてません。

 

短時間勤務してるってことしか聞いてなかったので、病気は重くはないだろうとは思ってました。

でも、転職、妻との仲、家族のことなど彼は波乱万丈の人生を送っていて、そのたびに強い意志で乗り越えてきた人物だったから、「あいつが病むってことは相当なことがあったのでは?」と、心配してての再会でした。

 

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彼のフェイスを見ての最初の感想は、予想どおり、さほど悪くはなさそう、って。

 

 

波乱万丈の彼には、深刻な病気になりそうなきっかけや要因はたくさんある。

そのひとつでもわたしの身に起きたとしたら病んでしまう可能性大と言える。

 

 

病む原因を聞くと、会話のキャッチボールができない職場にいること(キャラクターが違う同僚たちばかりらしい)、本来担当している仕事とは違う仕事をせざるをえない状況になったこと、それが一時的に集中したことで、“脳が疲れた”とのことでした。


「ココロの風邪」とも言われるメンタル不全。

それは「脳の一時的な病気」とも言われます。

 

  • 心の病気と言いながら、心を統御しているのは結局は脳。
  • 心の不具合は結局は脳。
  • 心というのは見えないもの。でも見えるものとしては結局は脳。


一方で、ココロの風邪とかココロの病気という場合の「ココロ」は、脳とは違うところにある、と言う人もいます。

解剖学者の三木成夫氏もそのひとりでしょう。

 

 

 

 

三木氏のことを紹介する本で読んだだけの情報ですが、ココロは内臓にある的なことをおっしゃってたらしいですね。

随分と端折っていて、乱暴な言い方ではありますが。

 

NHKでも昔、移植手術を受けた女性が、食べ物の好みが変わったなど昔とは違う人物になった。調べたら、移植した内臓の持ち主であった男性の思考や趣味などとそっくりだった、というような番組だったと記憶してます。

 

 

横道にそれましたが、脳が疲れたら、休めばいい。

悩む必要はない。脳を使いすぎて疲れたのだから、余計なことに気を遣わず、休めばいい。

心療内科・精神科を受診し、処方されたクスリを飲んで体調が回復するまでゆっくりすることだ。

 

 

唯一心配だったのは、彼が大きな決断をしたということ。

それは「脳が疲れる」病気にかかったから、ということではなく、以前からかかえていた問題だったのだが、今このときに決心するのは大丈夫か、ということ。

 

人生の転機となる大きな決断は、できれば回復したときまで待っていてもいいのではないか、と。

その決断を実行するのは来年だとのこと。それまでには病気から回復しているだろうから、またあらためて考えればいいと思う。

 

 

ちなみにわたしは、自立神経失調症で仕事を休んでいるとき、家を建てるという決心をしました。結果的には成功だったけど、会社の先輩で今では臨床心理士をしている方からは「元気になってから決断してもいいんじゃないか」ということでした。

うん、やっぱりそのほうがいい。

 

元気になったらまた会おう。

いや、元気になる前でも会おう。

 

内臓とこころ (河出文庫)

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9月1日問題と五月病には違いがあるんですね

9月1日問題というのがあるそうですね。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

「防災の日」なのに、災害が立て続けに起きているので、9月1日が防災の日だという認識が国民から薄れてきている、という話ではありません。

(冗談です。現実ではあるだろうけど)

 

 

9月1日病という表現も見かけました。

子どもも大人もかかる五月病と同じようなものだと思ってましたが、どうやら違うみたいです。

 

 

 

 

 

五月病をウィキ先生に頼ってご説明すると、

 

日本においては、新年度の4月には入学や就職、異動、一人暮らしなど新しい環境への期待があり、やる気があるものの、その環境に適応できないでいると人によってはうつ病に似た症状がしばしば5月のゴールデンウィーク明け頃から起こることが多いためこの名称がある。

ウィキペディアより

 

 

とのこと。

主に、大学生や社会人といった「大人」のことを指しているようです。

 

それに比べて、9月1日問題は、長い休み明けに学生生活あるいは社会人生活が再開する、ということに加えて、「いじめ」問題が加わるみたい。

単に、長期間の休みでだらけた生活から、早起きする・決まった場所に行くというサイクルが再開すること以外に、

 

  • あのいじめ生活に戻りたくない(正確には、いじめられる生活)
  • 自分をいじめるあいつらに会うくらいなら死にたい

 

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ということ。

これは、きついですね。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

 

ネットでもたくさん「9月1日問題」を報じていますが、わたしが最も印象に残ったのはこのツイート。

 

 

学校がいやな子どももいれば、家がいやな子どももいる。

 

 

夏休みの終わりといえば、宿題を終わらせるためにあせってる、というのがわたしの子ども、およびわたし自身の経験ですが、そんな悩みなど論外なほどに深刻なのですね。

 

 

 

死ぬことを考えるほどにつらいのなら、自分だけで思い込むことはやめて、相談しやすい人だれでもいいから相談する。

このブログを読んでるこどもたちがいるとは思わないけど、もしいたら相談しやすいひとに相談するんだよ。死ぬことを考えるまえに、誰かに話をすることだ。

 

 

こどもたち、この本は、あなたが相談する大人に読んでほしいと思う本だよ。

この本を書いた宇田さんという人は、悩むひとに寄り添って話を聞いてくれるひとだ。

「いのちの電話」という、つらい、しんどい、死のうとかんがえてる、そんな大人やこどもの話をきく、そういうボランティアも長くしていたひとだ。

ひとりで考えず、みんなに相談して、気持ちを楽にしよう。

 

www.inochinodenwa.org

 

吉本隆明『心的現象論』の読み方

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24時間テレビって政治、あるいは選挙みたいだなぁと思った話

8月28日から翌29日にかけて放送された24時間テレビ「愛は地球を救う」。

 

あの番組は、毎年なんらかの物議を醸しますねえ。

放送される前、そして終わった後も、いろんな人がいろんなことを言います。すでに多くのブロガーさんも投稿されていると思います。

わたしがこんなタイミングで投稿して、どんだけみなさんのお役に立てるかわかりませんが、書いてみたいと思います。

タイトルの「政治みたいに思った」話は最後の方に出てきます。

 

 

 

 

 

 

0.前提

 

まずわたしは、24時間テレビのウォッチャー(毎年チェックしている、長時間見ている)ではありません。また、テレビそのもののウォッチャーでもありません。

そんな中、24時間テレビは、どちらかといえば見たいと思わない番組です。

 

でも子どもが見たがり、またこの季節、クーラーをかけている部屋がリビングしかない我が家ではそこにいないといけない、つまりは見たくないけど見ざるを得ない状況にある、ということだけあらかじめご認識ください。

 

今年の放送について見たのは、土曜日のオープニング(マラソンランナーが発表されるまで)、日曜日の午前の一部、笑点前あたりから終了までです。

それと、書いている事象などの情報が正確かどうかをしっかりと確認していないので、その点もあらかじめご容赦ください。

 

 

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1.感想

 

(1)障害者色が薄かった

 

まず、今回の放送の感想は、障害者色が薄かったですなぁ。

前回だったか前々回だったか、障害者にダンスさせて批判を受けたからなのか、NHKのバリバラから批判されたからなのか理由はわかりませんが、障害者が登場するという印象が以前より薄かった感じがします。

 

わたし自身、そもそも、この番組はなぜ障害者を出演させるのか疑問でした。

 

愛が救うべき地球は障害者だけじゃない。

そもそも、障害者に少々無理なことに挑戦させる意義があるのかどうか。

 

障害者に関する法律はいろいろあり、また新たに生まれるものもある。昔の法律も改正されていく。

 

障害者については、昔は

 

健常者とは違うのだから、その違いを明確にし、障害者にも対応しなければならない

 

といった考え方から、

 

障害を持つことは人の個性のひとつであり、障害者も健常者もともに普通に生きる社会をつくる

 

という考え方に変わってきているはず。(排除・隔離から統合、インクルージョンへ。言葉・説明が間違っていたらごめんなさい)

 

だから、障害者が頑張らなければならないのではなく、障害者が頑張らなくても生きていける社会じゃなきゃいけない。

 

テレビの映像をもとに具体的に説明しますと、義足の人が山を登る挑戦をしていましたが、あの人だけが頑張らなければならないのではなく、義足の人、脚が不自由な人でも登れる環境づくりみたいなことが、どちらかといえば必要だということを訴えるのではないでしょうか。

 

障害者になにかを押し付ける感じが強かった24時間テレビ。

それが、ゼロになったわけではなく、これまでより薄かった感じはしました。

 

 

 

※蛇足:わたしの障害者雇用に対するイメージ

 

蛇足ですけど、多くの健常者と違って(多分ですけど)、わたしの障害者(ここでは、働く場における身体障害者と思ってください)に対する思いは

「障害者自身が自分で考え、自分で行動を変えていく必要がある(場合が少なくない)」

というものです。

聴覚障害の人がおられたら、手話や要約筆記(講演など、口頭で語られた内容を要約して書き留めるのを見ることで伝える)で周囲がサポートする、と考えるのが普通だと思います。

普通だし、これでいいのですが、一方で、障害のサポート以外について「自分は優遇される」と思い込んでいる人が少なくない、ということを経験してきました。

 

あまり具体的なことは書けないので、例として書きますと、

 

わたしは聴覚に障害があるから遅刻してもいい
わたしは●●の障害があるから就業規則を違反してもいい

 

といったことです。

障害の内容や程度によっては致し方ない、と判断せざるをえない場合はあると思います。そういったときに、遅刻もやむなし(時差出勤を認める)とか、就業規則どおりにいかない運用を考えるとか出てきます。

が、そうでもない状況において、障害者であれば何でも許される、と思い込んでいる人がわたしが見聞する範囲に少なからずいたということです。

この話を詳しく書くと24時間テレビから離れていきますので、ここで止めます。

 

 

(2)募金とギャラ

 

募金と、出演するタレントのギャラについては、近年ずっと繰り返される批判です。

募金を集めているのに、タレントには高額のギャラを支払っている、それに何の意味があるのか、という話。

テレビ局側は支払っていないと否定はしていないようですし、タレントたちも「もらっていない」とはだれも言ってないようなので、ギャラが支払われているのは事実でしょう。

 

番組の最後のほうで、これまでに寄せられた募金総額は1億数百万円と発表していたと記憶してます。

これくらいの金額なんて、ギャラや制作費でいっきに飛んでしまう金額じゃないでしょうかね。

どんだけのお金をかけて1億という募金を得ようということなのか、それともその日の募金額どうのこうのではなくて、番組は「愛が地球を救う」というメッセージを出し続け、それに呼応する様々な取り組みを積算するとギャラや制作費を超えてしまうから番組をやる意味があるのか。


それと、募金をどんだけ正確にカウントしているんでしょうか。

ビンや缶にはいった小銭はカウンターとかタレントの後ろに置いたままになっているものが少なくないのですが、あれもカウントされてるんでしょうか。昔から疑問です。

 

 

(3)マラソン

 

ブルゾンちえみが走ったマラソン。
今年ほど、その存在の意味があるのか問われたこともないと感じました。

 

当日発表、「走る意味がある人」「走りたい人」が走る、という、ばたくさい演出。

 

わたしが最も違和感を感じたのは、

 

「沿道の皆様、ランナーや歩行者、周囲の交通に影響がありますので、走っている場所ではなく、テレビとかから応援を」

 

という内容のことをフリーアナウンサーがテレビから視聴者に呼びかける、このシーン。

これを聞くと「じゃあ、走るのになんの意味があるのか?」と思わざるをえないです。

 

近くから応援させろ、と言っているのではありません。そこまで周囲に影響・迷惑がかかるタレントによるマラソンというのを、そもそもやらせる意味があるのかってことです。タレント自身も身体を痛めますし。

まあ、タレントにとっては知名度を上げる、国民的名声を得るとかの効果はあるとは思いますが。

 

 

 

2.24時間テレビは政治 

 

寄付額が発表されますね、放送の最後の方で。

それよりもはるかに高額のギャラが出演タレントたちに支払われるらしいです。

 

これって、税金(募金)を徴収する割には議員報酬の減額や議員定数削減をしない、という社会にそっくりな感じがしました。

 

 

また、走り終わった後のブルゾンちえみ。

お笑いタレントの走り終わったあとのコメントが、当選した後の政治家のそれにそっくりと感じました。

具体的にどんな話をしたのかははっきり覚えてません。でも、自分を支えてくれた人たちへの感謝みたいなことだったと思います。

 

感謝するのは大事だし、なにも間違っていないのですが、彼女がしゃべりだした途端、テレビの向こうの空気がすっと変わった感じがしたんですよね。それほどに、ブルゾンちえみのおしゃべりがクイッと、なんかの拍子に変わっちゃって、国会議員のそれとそっくりだった。気持ち悪いほどに。 

 

 

 

3.せっかくのラストが最も政治

 

ずっと批判し続けたこの番組も、唯一「なかなかやん」と思ったシーンがあります。

 

最後の最後。

日本テレビが世界で最も高い山、エベレスト(チョモランマ)から世界で初めてテレビの生中継をしたという話。

 

プロデューサー岩下莞爾さんとカメラマン中村進さんが紹介されてました。壮絶な戦いだったみたいです。エベレスト頂上からの生中継の映像を、という話。

 

一度は失敗したエベレスト登頂。二度目か三度目に登頂、そして撮影に成功した中村進さん。それを支えていた岩下莞爾さん。

次は「南極点からの中継を」との野望を持っていた岩下さん。でも叶わず、帰らぬ人に。

岩下さんの遺骨を持って歩き、南極点に到達した中村さん。

その中村さんも、ヒマラヤでの雪崩で亡くなったという話。

 

 

その岩下莞爾さんが残したらしきメッセージ。

 

存在するものを存在すると伝えよ

存在しないものは存在しないと伝えよ

存在するものを無いと言うな

存在しないものを有ると言うな

 

 

雑に言うと、そんな内容だったと思います。

 

んー、このメッセージをいまどきの政治家に聞かせてあげたいもんだ、と思いましたよ。

 

あるものを無いと言って出世したなんとか長官。

無い(らしき)ものを「こんなのがある」とテレビカメラに見せて、「あいつはおかしなことを言っている」と言いながらも今は雲隠れしてる下●●文さん。

などなど、枚挙にいとまがなんとかって話。

 

募金よりも、ブルゾンちえみよりも、24時間テレビって政治だなあ、と思った時間でしたよ。

 

さらに、岩下さんのメッセージは、メディア自身、つまりは日本テレビ、読売新聞。

さらには他のメディアにも向けた自省のメッセージだと思いたいものです。

 

 

 

テレビがチョモランマに登った

テレビがチョモランマに登った

 

 

 

 

文章をうまく書きたいなら読んどけ「新しい文章力の教室」

とあるブロガーが、「文章力を上げたいなら、この1冊で必要十分」というようなことを書いてました。

ほんとかなあ、と思いながら読んでみたところ・・・。

 

新しい文章力の教室

 

文章力を上げようという本の書評を書くのは躊躇しますよね。

だって、この文章が下手くそだと、「その本読んでもこの程度の文章かよ」と言われちゃいますからね。

ただ、言っておきますが、その心配を抜きにしても、この本はよかったですよ。

 

 

 

 

 

 

1.完読してもらう

 

この本のテーマは「完読してもらう文章を書く」こと。

「文章力を上げる」とはどうすることか。

人によって違いますよね。何を目的にするのか。

 

サラリーパーソンなら「プレゼンで受注を勝ち取る」

小学生なら「読書感想文で金賞をとる」

ブロガーなら「PVを上げる、セッション時間(ブログへの訪問時間)を長くする」

  などなど。

 

 

「完読してもらう」は、これらのどれにも貢献する目的ですよね。

だから、万人にすすめられますが、このブログに訪問された方の多くがきっと自分のブログを充実させる、という目的ですよね。それでOKです。

 

 

 

2.初心者から上級者まで

 

もともと、この本は、ナタリーというメディアで新人ライターを鍛えてきた著者が、そのエッセンスをまとめたものです。

つまり、物書きをこれから始めようという相手を対象に教えてきた内容ということです。

 

本の最初の方は基本的なことが書いてあります。

ただ、読み進めると、徐々にレベルが上がっていきます。ほほー、こんなところまで注意を払わないと読みづらい文章になってしまうのだな、と気付かされる説明もあります。

 

つまりは、初心者から、さらに文章力をあげようという上級者まで、参考になると思います。

 

 

 

3.わたしの経験から

 

わたしは、普通の企業で総務の仕事を長く続けてきました。

総務ですから、営業のように社外の方に企画をプレゼンするというような機会・経験はありません。

一方で、社内の通達の文書、就業規則などの規定類の整備、社長の●●メッセージのゴーストライターなど、真面目な文章を書く機会は多かったです。

そのため、ある程度はちゃんとした文章を書こうという意識はふだんからあるし、上司から怒られ続けて直してきたし、自分自身で読み進めていておかしいな・注意しなければいけないな、というポイントは体験してきました。

 

この本を読み進めていると、

 

  • そうそう、こういうことは気をつけないといけないとこだよね
  • これは昔上司から怒られたことあったミスだな

 

といったことが連続して出てきます。大げさではなく、わたしの経験を記録しておいたらこんな本になっていたかもね、というありがたい本です。

といっても、ほんの一部にしかなりえない経験しかないですけど、もちろん。この本の蓄積は膨大です。

 

 

 

 

 

4.この本はエッセンス

 

「この本、1冊あればいい」と冒頭に申し上げましたが、この1冊に全てが網羅されているわけではありません。

この本はエッセンス。文章力を上げるのに大事なことを抽出したもの。

 

そのエッセンスとは「書き始める前に、主眼と骨子を立てる」です。これが貫かれてます。

 

本を読み、実際に書き、推敲し、また本に戻って注意すべき点を確認し というサイクルを回す、そのPDCAのサイクルの中心にある本だと認識していただくのがいいと思います。

オススメです。

 

 

ただし、この本に唯一ツッコんでもいいですか。

「完読される文章とは、完食されるラーメンみたいなものです」

とあるのですが、スープを全部飲み干すのを避ける人は多いです。

それをどうとらえればいいのかな😁

 

 

新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング (できるビジネス)

新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング (できるビジネス)

 

 

 

MacBook Proが人間ドックから帰ってきました

MacBook Proが人間ドックから帰ってきました。

「修理され」、「きれいな姿で」、「短期間で」。

 

 

 

 

 

 

1.どのように修理されたか

 

以前、こちら ↓ の記事でもご紹介したとおり、キーボードの右上のいくつかのキー(「9」「0(ゼロ)」「U」「I(アイ)」「O(オー)」など)がペコペコして違和感を感じていました。

 

www.ewave.space

 

ジーニアスバーでは、故障かもしれないしそうじゃないかもしれない。保証期間だし、診てもらったらどうか、とのアドバイスでした。

で、結果はこのとおり。

AppleCare Service修理報告書

 

わたしが感じた違和感を「症状を確認しました」ので、いくつかのキーを交換してくれたとのこと。

交換したキーは以下のとおり。

 

MBPキーボード交換したキー

 

率直に言って、今回の修理依頼では、中身を分解して異常が感じられず、クリーニングして動作確認して、それで返却するだけと思ってました。

ジーニアスバーでも、「故障じゃないかもしれない」根拠として、今回採用された方式(第2世代のバタフライ構造)ならではの違和感ではないかと推測される、という話がありました。(以下のCNETの記事にも、そんな話が出てます)

 

japan.cnet.com

 

それに、単にペコペコするだけで、そのキーが認識されないというわけではなかったこともあります。

 

 

ところが、修理報告書ではその症状を確認し、キーを交換してくれたとのこと。

CNETの記事にもある「修理対応」が今回のわたしのケースなのかも、と想像してます。

 

肝心の、返却後のキーボードの打鍵感ですが、問題ないです。ペコペコしません。

ありがとう、Apple。

 

 

 

2.きれいに梱包され

 

ヤマトからの返却はとてもきれいに梱包されてました。

修理品の「開封の儀」やってもしょうがないのですが。

 

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ヤマトからの返却の箱、開封前

 

 

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開封後、修理報告書が(アップルマーク)のクリアファイルにはいっており、その下にMacBook Proの本体がぴっちり梱包されております。

 

 

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キズ保護シートがかけられていました。

このシートを取り去り、開けたところには新品購入時と同じようなシートがはさんでありました。

 

 

梱包がとても丁寧です。

当然、商品の回収業務をAppleとヤマトが委託契約を結んだ際、この梱包もAppleから高いレベルの品質で実行するように約束をしていると思います。そしてそれをやってのけることができるのがヤマトでもあると思います。

 

ありがとう、ヤマト運輸。

 

 

 

 

 

 

3.対応が速かった

 

この修理、時系列で追ってみます。

 

日にち 内容
8月19日 Appleのウェブサイトから回収を依頼。最短は8月20日午前ということだったので、その時間帯で申し込む 
8月20日 約束したとおり、午前中(10:40頃)ヤマトが集荷
8月21日 Apple修理センターにMacBook Proが到着
8月22日8時過ぎ Appleから商品を預かった旨、メール
8月22日 修理完了
8月23日7時過ぎ 修理完了と発送した旨の連絡が、Appleからメールで届く 
8月24日 ヤマトからMacBook Proが届く 

 

MacBook Proが手元になかった日数は足かけ5日間のみ。

修理から発送まで、実質は1日のみ。

 

送ってから戻ってくるまで、10日ほどは時間がかかるだろうな、と想像してました。

その間のブログ書きなどはiPad Proで行うこととし、Macが帰ってきたら微修正する等をしようと考えてました。

そのため、Macが帰ってきたあとにやる作業をリストアップしていたのですが、3行もかかないうちにそれが終わってしまいました。

 

手元になかった5日間を長いと感じるか短いと感じるかは人によって違うと思います。

わたしは素早すぎる、と感じました。これなら、修理のために預けることに対するハードルが下がります。

 

 

ひらたく言えば、故障していたものを修理したのだから、当たり前の対応です。

でも、その当たり前をどんだけ一生懸命やるのか、丁寧にやるのかも大事ですよね。

「神は細部に宿る」とはよく言ったものです。

Apple品質、ヤマト品質をじっくり感じた一週間でした。 

 

 

 

預けたときの記事はこちら

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