電磁波で死んでしまう前に

MacとかiPhoneとか、デジタルガジェットなどが好きです。雑談もしてます。

Facebookなんかこの世からなくなればいいのに 2例

最初にお願いです。わたしの本名やわたしが特定できるようなコメントをされないようお願い申し上げます。Facebookの友だちをディスる感じになってしまうので。(友だちをディスるのではなく、Facebookのことを書いているだだけですので。)

 

SNS

 

 

Facebookは好きではありません。

人生の折れ線グラフが下の方にあった頃、Facebookに助けられたこともありますけど、残念に思うことのほうが多いです。

それを言葉にするのは、文章が下手なわたしには難しいけど、ちょうど最近象徴される出来事があったので、ここぞとばかりご紹介。

 

 

 

 

 

 

1.イベント

 

Facebookではイベントを作成し、友だちをお誘いするという機能があります。

そこでは、参加するしない・興味ありをこんなボタンで操作しますよね。

Facebook

 

友だちに音楽家がいて、ときどきリサイタルに声をかけていただく機会があります。

でも、なかなか行けないんですよね。行きたいんだけど。社交辞令じゃなく、ほんとうに行きたいのです。でもこれまで一度も行けたことない。

 

そんなとき、「行きたいんだけど、どうしても外せない用事があって行けないんです。ぜひまた誘ってください」と返事したい。

せっかく誘ってくれた、でもいけない、行きたい気持ちはやまやまなんだ。

 

でも、欠席の返事をしちゃいけないらしい。

kasakoblog.exblog.jp

 

 

欠席の返事がタイムラインに流れると、そのイベントの価値が落ちる。

ふーん、そうなのね。

 

こちとら(誘われた側としたら)誘っていただいた方に申し訳なくて、そういう返事をしたくなる。電話で誘われたとしたら絶対そう返事する。

でもFacebookでは、良かれと思って書いた欠席連絡のコメントが、そのイベントの質を下げるって。

 

Facebookなりの流儀があることに異論はないし、注意しなければならないと思うけど、そんなこと「Facebookでは欠席の返事をするのはご法度」てことを考えなくてはならないのは正直しんどい。

 

 

 

2.誕生日には邪魔くさい

 

誕生日になると、友だちみんなから「おめでとう」のメッセージをいただきます。

ありがたい。うれしいものです。

 

が、わたしはFacebookの友だちを機械的に増やしたことがあり、ぶっちゃけ無駄に数百人もの友だちがいます。

会ったことのない「Facebook友だち」がたくさんいるのです。

 

ある時期、とにかくたくさんの友だちが増えることが是、とされてて、そんなプロジェクトみたいなものがありましたよね。そのときの産物です。

自業自得です。

 

今では気が変わり(当時はココロがどっかに飛んでいたとさえ思います)、ほんとの友だちだけに絞っていこうとしているその途上にあるのですが(前項で書いたお誘いを受ける友だちは残そうとしている友だちです)、とにかく多くの「おめでとう」がうざい。

もらうメッセージだけはまだ我慢しますし、うれしいのですが、誰かの友だちの誕生日の日に「お祝いを送れ」とFacebookから指示されるのがしんどい。

 

 

 

補足.はてなの読者はどう考える?

 

はてなのコミュニティについて、どう考えるか。

このブログの読者に対し、あるいはわたしが読者になっているはてなブロガーに対しどう考えるか。

 

これは割り切ってます(笑)。

はてなとFacebookは違いますから。

てなわけで、末尾には「読者になる」ボタンを設置しております。

 

 

Facebookが生まれる前だったか後だったか、この本がベースだったなあ。