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電磁波で死んでしまう前に

MacとかiPhoneとか、デジタルガジェットの電磁波に囲まれて人生は幸せだと叫びたいブログ。

“子どもの写真を年賀状やSNSに載せるのをやめたらどうか”議論をいい加減やめたらどうか

毎年、この時期になると、年賀状に子どもの写真を載せるのを止めたらどうか議論が沸く(のをネットで見かけます)。

年賀状だけでなく、ツイッターFacebookといったSNSに載せる話も、今がシーズンですが、ほぼ通年で起きている話ですね。

 

いい加減、その議論を止めたらどうか、と思うんですが、どうでしょうか。

気分を害する方がおられたら申し訳ございません。

 

年賀状

 

 

 

 

多少の違いこそあっても、なぜ「子どもの写真を年賀状やSNSに載せるのを止めよう」というのか、の理由は、ほぼいくつかに収束されると思います。

それらにわたしなりの意見を書きたいと思います。

 

 

 

1.ネットに顔写真がさらされたら危険

 

インターネット上に顔写真が掲載されたら危険、というもの。

欧米(特に米国)では、ネットの写真をもとに、子どもが誘拐や性犯罪の対象となる事件が頻発しているそうですね。

子どもを危険にさらすようなもの、だから止めるべき、という主張だと思います。

 

そうでしょうね。年賀状、あるいはSNSに載せたことがきっかけで犯罪が起きるとすれば、それは止めたほうがいいでしょうね。

が、日本はそこまで危険なのかなあ。わたしが知らないだけかなあ。

 

子どもが狙われるとしたら2種類でしょうか。

子どもそのものがかわいいなどの性犯罪、子どもの親(財産、怨恨)などを狙うなど。前者であればSNS、後者は親を狙うだろうから年賀状かな。

 

前者の危険は怖いし、それが日本でも起きるならやめたほうがいい、とわたしは思う。が、後者なら、年賀状やらSNSに関係なく起きるんじゃないかと予想。

子どもが、狙われる親の犠牲になるのならかわいそうな話。

 

 

 

2.子どもができない(あるいは妊活が成就しない)ひとたちに対して失礼

 

子どもが欲しいけど身体が妊娠に至らないという(不妊という表現でいいんでしょうか)男女や、妊活中だけどなかなか成就しないという人たちに対して子どもの写真を掲載した年賀状、あるいはSNSの投稿は失礼。だからやめるべき論。

これは誰が誰に対して主張しているかによって、話が変わってきますが。

 

その発想というか心情は理解できないでもない。が、年賀状(あるいはSNSのメッセージ)の発送元(年賀状を送ろうとしている人たち)が、発送先(年賀状を受け取ろうとしている人たち)がそういう状態にあることを知っているなら、発送元は送らないという判断をするんじゃないでしょうか。

発送先がそういう状態にあるとは知らない(発送先が、自分たちがそういう状況にあることを周囲に知らせていない)なら、発送先はそういう年賀状を受け取っても仕方がないことじゃないでしょうか。

 

「あの夫婦は子どもがいない。もしかしたら子づくりがうまくいっていないのでは。だとしたら、子どもの写真を掲載した年賀状は止めておこうか」

となるのかな。

 

偏見、あるいは思い込みの発言かもしれませんが、不妊の状態にあることは(仲がとてもいい友人などなら別ですが)一般的には誰かに知らせるということはしないのでは。

仲のいい友人夫婦がそういう状態にあるのなら送らないだろうし、別のデザインの年賀状、あるいは年賀状とは違う形でメッセージを送るのでは。わたしならそうする。

 

わたしも、実は子どもを作ろうとしてしばらくできなかったことを経験しているので、その状態にあるひとたちの心情や、その状態にあるひとたちのことを理解しようとすることは否定しません。

他人がとやかく言うことではないだろうし、もし当事者だとしたら「送らないでほしい」という主張はなんか別の形で行なってほしい。

 

 


3.リア充を他人に押し付けるな論

 

「自分たちの、子どもとの充実した生活の様子を見せつけられたらイラつく」

リア充の押しつけはよくない」

とかいうひとたちは、これこそ偏見かもしれませんがリア充じゃないんでしょうね。リア充なひとたちがこういうことを主張するのは、あんまりイメージがつかないです。

 

リアルな生活が充実していないひとたちのうち、何割かはリア充になりたくてもなれないのだろうと勝手に推測します。だとしたら、空疎な主張でしかない、とバッサリ言ってしまうのは極論ですかね。

 

リア充になりたくてもなれないひとたちのうち、努力もしないでリア充になれず、その八つ当たりで言っているとしたら(と、わたしも非常に短絡的に話を進めてますが)。

 

いじめられっ子で、暗いと言われ、女子としゃべることが苦手で、メンタル不調も経験したわたしですが、今はまともに社会生活を送っています。いわばリア充です。

リア充になるためには、壁を乗り越えなきゃいけない。そこに安住していては、変われない。

リア充を押し付けるな」などと遠ざけていては、いつまでもそのままだぜ。

 

 

 

★最後に

 

子どもの写真を載せた年賀状を送ろうとするのは、たぶんその人たちの気持ちの発露だと思います。

 

「子どもが成長してます」

「なかなか顔を見せに行くことができずにごめん。せめて年賀状だけでも」

 

 

こんな気持ちじゃないかなあ。わたしもそうです。

決して、作為的に、相手を悲しませようとして送っているわけではないと思う。

「よかれ」と思って、考えて送っているのだろう。だとしたら、その気持ち、受け取ろう、とわたしなら思う。

 

あ、わたしは決して、人の写真を勝手にSNSにアップしていいと思っている側の人間ではありません。

Facebookで勝手にタグ付けしたりする人間ではありません。念のため。

それくらいのエチケットは実践しています。

 

 

ネチケット―ネットワークのエチケット

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